ブログ分類:雑記ブログ
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生したのは、平成23年(2011年)3月11日金曜日午後2時46分でした。つまり、今日で発生から15年、ということになります。
私は当時は現在と同じ千葉市美浜区に住んでいて、発生時は東京都中央区にある会社で勤務中でした。お昼を食べたあとの、午後のまったりとした時間帯での突然の大揺れで驚きました。
そのあと一切の業務は停止となったものの、当日は首都圏の鉄道は全て終日運休となったため、翌日の昼まで会社にいて一睡もせず、ネットで情報を見ていました。
東北地方の太平洋沿岸では大津波が発生し、刻一刻と被害状況が伝えられるたび、ものすごいショックを受けた覚えがあります。夜になって原子力発電所が爆発した、との一報も入ってきて、この国はどうなってしまうのか、と思いました。
翌日になっても、千葉方面の鉄道は、JRも京成も津田沼どまり。たしか、千葉市内の鉄道はまったく動いていなかったと思います。
しかたがないので、とりあえず津田沼駅まで行き、そこから自宅までは10kmくらいありますが、2時間以上かけて歩いて帰りました。
幸い自宅や自宅の周囲はほとんど被害はなく、水道もガスも通じていて、計画停電も1度もありませんでした。しかし、少し離れた町内では何日も断水していたようで、また、千葉市内でも稲毛区では数回の計画停電があり、夜にJR総武線の稲毛駅に降り立ったら、周辺がまさに漆黒の闇、と呼ぶにふさわしい光景だったのを覚えています。
スーパーやコンビニも、1週間くらい売り場の棚がスカスカ、といった状況で、災害の怖さを少しだけ体験しました。
日本列島は太平洋プレートを取り巻くように連なる環太平洋造山帯の上にあるのですが、なんと、地球上の地震の9割は太平洋プレート上で発生し、さらに、7割は日本列島近辺で発生しているのです。
この30年を見ても、北海道から九州まで、日本各地で大地震が発生し、もはや国内に地震の起きない地域はないといっても過言ではない状況です。
今後も日本国内で大きな地震が繰り返し起きることは確実ですが、それがいつどこで発生するのか、ということは、現代科学をもってしても、全く予測できていません。地球のスケールが大きすぎて、人智が追いついていない、といった感じだと思います。
ですので、日本に住む以上はそのことを割り切って受け入れて、日頃の備えをしていくことが大切です。
かくいう私は…いちおう、自宅の家具などは突っ張り棒など転倒防止策は講じていますが、非常持ち出し袋といった準備はほとんどしていません。独り身なので、命さえあればなんとかサバイブできるかな、と高を括っているところもあるのですが、私個人の防災計画も見直して整備していこうと思います。
15年前、私の携帯電話はガラケーだったこともあり、今ほど写真を撮る習慣がありませんでした。だから、東日本大震災の時の写真もほとんどないのですが、写真フォルダーを探したら、震災約3ヶ月後の自宅の近所を撮影した写真がありました。
私の住む千葉市美浜区は全域が戦後の埋め立て造成地で、液状化現象が発生した地域でもありました。液状化現象とは、埋立地など水分を多く含む土地で見られる現象で、地震の揺れによって地盤が液体のように柔らかくなる現象のことなんです。
この現象により、美浜区内の各所でも道路が湾曲したり、電柱が傾いたりした被害が発生しました。しかも、すぐに復旧工事が実施されず数ヶ月そのままになっていたので、いつか電柱が倒れてこないかと、ヒヤヒヤしながら歩いていました。
以下の写真は全て、撮影地は千葉市美浜区稲毛海岸、撮影日は2011年6月5日です。
道路の縁石がガタガタになっています。

側溝が浮き出て湾曲しています。

地震の発生から3ヶ月経っても舗装し直されない歩道の様子です。

電柱がかなり傾いています。横に新しい電柱が立っていますね。たぶん、電柱の工事が始まったので記念に写真を撮ったのだと思います。

反対側も。電柱が一斉にお辞儀しているみたいになっています。
