巨人軍発足から86年 発祥の地に行きました!

2020年(令和2年)12月26日(土)[ブログ記事:17]

跡地・発祥の地めぐりシリーズ #5

先月のブログで、日本初のプロ野球チーム「日本運動協会」が設立100周年となった記事を書きました。

しかし、この球団は数年で解散を余儀なくされた、言わば幻のチーム。現存するプロ野球チームで一番古いのは読売ジャイアンツで、昭和9年(1934年)12月26日に発足しました。つまり、今日で86周年、ということになります。

そして、なんと、ジャイアンツの発祥の地が、千葉県習志野市にありますので、行って見てきました。

まず、ジャイアンツはどういう経緯でできたのか、ということを書きたいと思います。昭和6年(1931年)、読売新聞社の主催で、アメリカのメジャーリーグ(プロ野球)の選抜チームが来日し、各地で日本チームと対戦します。

しかし、この時まだ日本にはプロ野球リーグはできていませんでしたので、東京六大学を中心とした学生選抜チームが相手でした(当時の日本では、東京六大学がもっともレベルの高い野球リーグでした)。

日本の学生チームも健闘したものの、結果は17試合やって、メジャーリーグチームが17勝0敗でした。しかし、本場の野球が間近に見られるとあって、各地の球場は連日超満員だったそうです。

でも、興行的に成功しすぎたためか、文部省は「野球統制令」なるものを作って、学生がプロのチームと対戦することを禁止してしまいました。

読売新聞社は、昭和9年(1934年)11月にも伝説の大打者、ベーブ・ルースを含むメジャーリーグ選抜チームを来日させますが、日本側は「野球統制令」によって学生チームを組んで対戦させることはできません。

そこで、読売新聞社社長の正力松太郎は、同年6月9日に、東京・丸の内の日本工業倶楽部で職業野球団設立発起人会を開催、六大学野球の選手を中心に、次々とプロ契約を結びます。

そして、来日するメジャーリーグチームを迎え討つべく、10月15日に30名の選手が千葉県津田沼町(現在の習志野市)の谷津球場に集まり、チームが結成されました。結果は、日本選抜チームの15戦全敗でしたが、前回に引き続き、興行的には大成功し、12月26日、日本選抜チームを基にジャイアンツの前身となる株式会社大日本東京野球倶楽部が発足するのです。

谷津球場はその後閉鎖され、跡地は現在、習志野市が運営する谷津バラ園となっています。そして、バラ園の入口の脇には、「読売巨人軍発祥の地」の碑がある、というわけだったのです。

👇京成電鉄・谷津駅から歩いて数分のところに谷津公園があり、その入り口のところに谷津バラ園と巨人軍発祥の地の案内看板がありました。

(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2020年12月13日)

👇谷津バラ園の入り口です。

(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2020年12月13日)

👇バラ園の脇に、「読売巨人軍発祥の地」と書かれた立派な碑がありました。

(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2020年12月13日)
(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2020年12月13日)

👇往年の名プレーヤーたちの手形もありました。

(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2020年12月13日)

👇原監督の手形と手の大きさを比べてみました。心なしか、私の手の方が大きいような…。

(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2020年12月13日)

さて、上の写真の、谷津公園の入り口にあった看板や、碑の前に立っていた看板をよく見ると、明らかに「読売巨人軍発祥の地」と書かれたシールが上から貼ってあるのがわかります。

実は、巨人軍発足80年となる2014年12月26日にも行って写真に撮っていました。その時の看板は、シールが貼られる前のものです。さて、なんと書いてあったでしょうか?

👇上が今月撮影したもの、下が2014年に撮影したものです。

(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2020年12月13日)
(撮影地:千葉県習志野市谷津 撮影日:2014年12月26日)

2014年の時は、看板には「プロ野球発祥の地」と書いてありましたが、その後「読売巨人軍発祥の地」と書かれたシールが上から貼られていたのです。

このブログを毎回読んでくださっている方ならおわかりですね。厳密に言えば、日本初のプロ野球チームは日本運動協会であって巨人軍ではありませんから、「プロ野球発祥の地」と書くのはまさに看板に偽りあり、ということになってしまうと思われたのでしょう。もしかしたら、どこかから指摘のクレームが入ったのかも。

でも、私個人の意見としては、巨人軍発祥の地=プロ野球発祥の地、と言ってもいいのではないか、と思います。

今や、「プロ野球」は単に職業野球を指す言葉ではなく、半ば固有名詞のようになっていますよね。同じ職業野球でも、四国アイランドリーグplusやベースボール・チャレンジ・リーグは「独立リーグ」と呼ばれることが多く、アメリカのプロ野球も「大リーグ」や「メジャーリーグ」「MLB」などと言って、わざわざ別の名称で呼ばれてますよね?

つまり、たんに「プロ野球」と言えば、今の日本人のほとんどがセ・リーグとパ・リーグから構成されるNPB(日本野球機構)をイメージしますので、そういう意味では巨人軍発祥の地を指して「プロ野球発祥の地」と称しても間違いではないのではないか、と思いました。

日本運動協会と比べ、巨人軍(読売新聞社)が素晴らしいのは、リーグ戦を組織して、現在まで継続させていることだと思います。

昭和9年に発足した巨人軍は他の企業にも働きかけプロ野球チームを結成させ、昭和11年(1936年)2月に巨人軍を含む7球団が参加して、日本初のプロ野球リーグ「日本職業野球連盟」を設立します。

このリーグは現在のNPBに繋がるリーグで、今日まで公式戦が開催されなかったのは第二次世界大戦が終結する昭和20年のみ。戦況が悪化する昭和19年でも、選手は軍需工場で働きながらもリーグ戦は開催されました。

読売新聞社が中心となって設立したリーグということで、現在ではだいぶ改善された感があるものの、「巨人中心主義」の弊害があったことは否定できません。でも、日本にプロ野球を定着させ、80年以上もリーグを継続して運営している、というのは賞賛に値しますよね。

日本運動協会は読売新聞社に比べれば資金力に乏しく、災害によってチーム解散の憂き目に遭う、という悲運もありました。

また、大正時代にはプロ野球チーム結成の構想もいくつかあったようですが、実際に結成されたのは日本運動協会であり、またチームの理念も先進的で素晴らしいものでした。

でも、どんなに素晴らしいアイデアを形にしても、継続させることができなければ、人々の記憶から消え、歴史的に無かったのと同じことにされてしまうのです。

だから、形にして世に出したものは、たとえどんなにしょぼくて、世間に見向きもされなかったとしても、どうにか続けていく、というのが一番大事なことなのではないか、と思っています。

以上