今年は国勢調査100周年でした!

2020年(令和2年)12月30日(水)[ブログ番号:18]

豆知識シリーズ #1

私は「○○周年」というのが好きです。

当ブログは今年10月21日から開始しましたが、わずか2ヶ月の間にも、以下の「○○周年」の記事を書きました!

・千葉県船橋市で全国初のオートレース競争が実施されてから70周年(10月29日)

・明治神宮が創建されてから100周年(11月1日)

・日本初のプロ野球チーム「日本運動協会」のお披露目から100周年(11月15日)

・ケンタッキーフライドチキンの日本1号店が開業してから50周年(11月21日)

・日本人初の有人飛行成功から110周年(12月19日)

そして、当ブログが開始される前の10月1日は、国勢調査の第1回調査が実施されてから100周年でした。今日のブログでは、そのことを書きたいと思います。

国勢調査とは、5年に1度、5で割り切れる西暦の年に実施されています。個人の属性や仕事、世帯の種類などを全数調査し、人口統計や社会政策、防災計画等に活用される、大切な調査なのです。統計法という法律により、外国人を含め日本国内に居住する全ての人・世帯に対して正確な回答が義務付けられています。

以前は調査員が各世帯に調査票を配布し、手書きで記入後に調査員が回収する、というやり方でしたが、前回(2015年)よりインターネット回答が全国で実施され、より簡便に回答できるようになりました。私も前回も今回も、インターネットで回答しました。

ところで、政府が発行する定期刊行物である「官報」は、国立国会図書館デジタルコレクションのサイトで1883年(明治16年)の第1号から閲覧することができます。

官報には広告も載っているのですが、国勢調査が開始された1920年(大正9年)の官報を見ていましたら、当時ならではの広告がたくさん載っていました。

当然、当時はインターネットはありませんから、国勢調査の回答は手書き。ということで、国勢調査を記入するための万年筆の広告がたくさんありました。

明治時代は主に輸入品に頼っていた日本の万年筆ですが、明治の終わりから大正時代にかけて国産万年筆の生産が盛んになり、たくさんのメーカーが誕生しました。輸出も盛んになり、1940年には世界の万年筆の半分は日本製だったそうです。

しかし戦後、ポールペン等の筆記具が普及すると万年筆の需要は下火になり、広範な文房具メーカーに転換できなかった多くの万年筆メーカーは倒産・廃業していきました。

👇スワン萬年筆は戦前の国内3大メーカーの一角を占めていただけあり、大きな広告ですね。しかしその後、倒産してしまったようです。

👇真ん中の「パイロット高級萬年筆」は当時3大メーカーの一つで、現在はフリクションボールなどでおなじみの大手文具メーカー、パイロットコーポレーションとなっています。現在もセーラー萬年筆、プラチナ萬年筆と並び万年筆の3大メーカー。当時の社名は並木製作所。東京高等商船学校(現在の東京海洋大学)教授だった並木良輔が船で使用する筆記具を開発するために創業したため、「水先人」を意味する「パイロット」を商標にしたそうです。広告にある「ウキワ印」も船に関係したものになっていますね。

👇右側中段のオーブ萬年筆は、ネットで調べてもよくわかりませんでした。左側の「国勢調査申告練習用紙」というのも気になります。

👇万年筆にはインキも必要、とのことで、インキの広告もありました。この篠崎インキ製造も戦後に会社清算となったようです。社会が変化する中で、商売を続けていくのは大変なことです。

👇官報の裏表紙には、国勢調査の広告も載っていましたが、毎回図柄が異なっていて、結構オシャレで凝った広告となっていました。

以上