「新年あけましておめでとうございます」は間違ってない、という私見です!

2021年(令和3年)1月3日(日)[ブログ番号:21]

言葉の豆知識シリーズ #1

今年も「新年あけましておめでとうございます」と挨拶された方は多かったのではないでしょうか?

この「新年あけましておめでとうございます」という言葉、重言(二重表現)でおかしい、という意見があるようなんです。

テレビ番組で取り上げられていたのを観たこともありますし、ネットで検索すると、間違った使い方であるとご指南してくださるサイトがたくさんヒットします。

そんな中、NHK放送文化研究所というところのサイトにも、この話題が取り上げられていました。視聴者から「新年」と「あけまして」が重複しているのではないか、との指摘を受けることがある、というのです。

それに対し、「年始のあいさつの慣用として、広く使われていますし、年が改まったおめでたい気分や様子を強調する表現とも考えられるため、完全な間違いだとは考えていません」と回答されていました。

中には「『新年』があけるのでなく、『旧年』があけるのだから、『新年あけまして・・・』はおかしい」という意見も寄せられたそうです。

なるほど!!正しくは「旧年があけました。おめでとうございます」ということですか。気づきませんでした。こういうことを考えられる方は、ロジカルシンキングの神様のような人です。

「文系脳」「理系脳」という分類は好きではないのですが、重言が気になる方は、理系センスの持ち主だと私は思っています。

数学では、分数でも平方根でも方程式でも、最もシンプルな形で表すことが求められますよね。重複しているものはまとめて整理することが数学のルールです。

数学の得意な方は、難しい方程式などを解いてシンプルな形の答えを出すと「美しい」と思うらしいです。私はごく簡単な数式の問題しか解くことができませんが、それでも答えが出ると、スッキリした気分になるので、その気持ちは少しはわかります。

だから、理系センスのある方は、意味が重複している言葉もまとめてシンプルな形にしないと気になるのではないか、と思ったんです。

そういう意味では、言葉に関しては、私は完全に「文系脳」です。重言に対してはかなり寛容だと思います。

それゆえ、「新年あけましておめでとうございます」も、私は「全然間違っていない」という意見です。

そもそも「新年」と「あけまして」の意味がどうして重複しているのか私にはイマイチわからないのですが、「新しい年が明けました(開けました)。おめでとうございます」という解釈をすれば、どこが間違っているのか、全くわからないんです。

重言の例として一番有名なのは「馬から落馬する」でしょう。これはほとんどの方が「おかしい!」と思われるのではないでしょうか。しかし、これとて私は「別に間違っていないんじゃないの?」って思ってしまうんです。

さすがに「牛から落馬する」なら、私もちょっと変かな、と思うのですが、「馬から落馬する」のは、何が間違いなのか、よくわからないんですね。

数理科学なら、シンプルな答えで理論化するのが大事です。でも、人間の心や思考は合理的に割り切れないところがありますから、心や思考を形にしたものである「言語」も、あまり合理的すぎて考えると、表現の幅を狭めてしまうのではないか、と思っています。

それに、重言は強調や言葉のリズムを整える、それに、相手にわかりやすく伝える、という大事な役割もあります。

例えば、日常よく使われる「えんもゆかりもない」という表現。これ、「えん」も「ゆかり」も漢字で書くと「縁」。つまり、思いっきり重言なんです。でも「全く関係がない」ということを強調するために、同じ意味の言葉を重ねているんですね。

このような、実は同じ意味を重ねている言葉、というのは、外来語でもよく現れます。

たとえば「フラダンス」。「フラ」はハワイの言葉で「踊り」の意味だから、「フラダンス」は訳すと「踊り踊り」と、ずいぶん楽しい感じになってしまいます。

同様の言い方では、チゲ鍋(「チゲ」は韓国語で「鍋」の意)、サルサソース(「サルサ」はスペイン語で「ソース」の意)、サハラ砂漠(「サハラ」はアラビア語で「砂漠」の意)などがあります。

重言を気にする方は、これらの表現もヘンだ、というかもしれませんが、私はおかしいとは思わないんです。

だって、「私、フラ踊ってるの」なんて言ったら、相手の方は(えっ!?フラフラになりながら?この人貧血かしら…)って思うかもしれません。また、自慢げに「俺、サハラ行ってきたぞ」と言っても、(ん!?佐原?歴史的景観がステキな千葉県にある街?近いじゃん)と思われてしまうかもしれないじゃなですか。

だから、意味のわかりにくい外来語に、わかりやすい言葉を添えて、セットの言葉にすることで、相手に誤解を与えたり、恥をかかせたりしないようにする、日本人ならではの優しさ、気配りの表現だと思うんです。

なんとなく、最近は重言に対する指摘が厳しすぎる方が多い気がするので、こんなブログを書いてみました。

以上