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「ソーシャル・ディスタンス」の新しい日本語訳を考えました!

2021年(令和3年)6月12日(土)[ブログ番号:41]

昨年から今年にかけ、新型コロナウイルス感染症による新しい生活様式とともに、新しい言葉もたくさん生まれましたよね〜。

その中の一つが、「ソーシャル・ディスタンス」です。ご存知の通り、感染症の拡大防止のため、公共の場所では、人と人との距離を2メートル以上あけることが推奨されています。

この「ソーシャル・ディスタンス」という言葉は、「社会的距離」と訳されることが多いですよね〜。確かに忠実に訳せばそうなるのかもしれませんが、なんとなく「社会的距離」と言われると、単に人と人との物理的な距離を表すだけでなく、心理的な距離も感じてしまいます(^_^;)

英語でも「Social distance」という言葉はありますが、日本での意味合いと微妙に違っているみたいです。

この言葉は、主に社会学や社会心理学の用語として使われ、「仲間外れ」や「疎外感」という意味合いも含まれる社会的距離をいい、どちらかというと心理的距離を表す言葉のようです。

じゃあ、日本でいう「ソーシャル・ディスタンス」にあたる言葉は英語ではなんというのかというと、「Social distancing(ソーシャル・ディスタンスィング)」です(*^o^*)

どこが違うの〜??という感じですが、「distance」は「距離」という意味の名詞で、「distancing」は「距離を取ること」という動きも伴った名詞(動名詞)ということになって、感染症対策のための社会的距離をいう場合は後者が使われるようなんです。

しかし、やはり英語の「Social distancing」でも心理的な距離を感じさせるみたいで、WHO(世界保健機関)では現在では「Physical distancing(フィジカル・ディスタンスィング)」という言葉が使われるようになっています。

この「Physical distancing」を日本語訳すれば「身体的距離」となるんですが、なんかピンときません。

そこで、私は新しい日本語訳を考えました!それはずばり「人間距離」です!!

走行中の車が、前の車との間に保つ距離のことを「車間距離」と言いますよね〜。これ、人間に置き換えれば、まさに密を避けるために保つ人と人との距離のことになるじゃないですか!

「人間」はもちろん「じんかん」と読みます。

ところで、「人間到る処に青山有り」という格言をご存知ですか?江戸時代末期の月性というお坊さんが作った漢詩の中の言葉です。

「青山」とは墓場のことです。意味としては、「世の中、どこでも骨を埋める場所はある」ということで、すなわち、生まれ故郷にこだわることなく、大志を成し遂げるためにはどんな土地に行っても大いに活躍すべし、という格言なんです。

多くは「にんげん〜」と読まれることが多いですが、本来は「じんかん いたるところに せいざんあり」と読みます。

「人間」をどうして「にんげん」ではなく「じんかん」と読むのかというと、「にんげん」と言ってしまうと、現代では一人一人の人のことを表すことになり、少し意味合いが変わってしまいます。そこで「じんかん」と読んで、「世間、世の中」という意味をはっきりさせているんです。

私は小学生の時、「人間」という言葉は不思議だな〜、と思った記憶があります。なんで一人の人を表すのに「人の間」と書くのかな、と。

しかし、これは私の疑問が特殊でなのではなく、もともと「人間」は仏教用語で現世の人々が住む世界を表す言葉であり、中国語では現在でも「人間」とは世の中、人間社会を表す言葉なんです。

でも、現代の日本人で「人間」を「世間、世の中」と思う人は皆無ですので、もし「車間距離」になぞらえて「人間距離」と言ったところで、ますます疎外感、孤独感を感じる言葉になってしまいますね〜(≧∀≦)

以上

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